弟矢 ―四神剣伝説―
短くて長い夜の闇が、東の空から薄れ始めた。

雲の切れ間から覗く、白く霞んだ有明の月は、乙矢たちに、まだ終わりではない、と告げていた。


「俺も行く。奴の正体を見極めなきゃ気がすまない」


わずかな休息を取り、背中の傷を手当てして貰い、新蔵は立ち上がった。

乙矢に置いて行かれまいと、必死なのだ。


「もし、奴の術中に落ち、鬼の手先に成り果て、お前を襲ったのなら……俺はその責任を」

「取って腹でも切るのか?」


言葉尻りを引き継いで乙矢は新蔵を茶化す。だが、その乙矢も決して万全ではなかった。左肩の傷が熱を持ち、両手で剣を振ることが可能かどうか……危ういほどである。


「お前……そんなふざけてる場合か! 俺は本気で言っとるんだ! 奴と刺し違えても始末をつける。織田さんを殺されたんだ、何がなんでも奴を……」

「よせよ。正三は剣士として立派な最期だった」

「そんなことはわかっとる!」

「心が闇に囚われると、神剣に宿る鬼を喜ばせるだけだぜ」


そう言うと、乙矢は静かに目を瞑り俯いた。

――何処か変わった。新蔵は乙矢を見て改めてそう思う。


ここに到着して最初に与えられた部屋に正三を寝かせた。

新蔵はこの部屋に入るのは初めてだ。あの時は、『神剣の主』である勇者の登場に心が浮き立っていた。同時に、勇者の血を過信して、神剣を抜いた正三への怒り、苛立ちが芽生え始めたことも理由だろう。


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