弟矢 ―四神剣伝説―
今思えば、あれも全て一矢の策略だったのだ。奴が『鬼』であれ『朱雀の主』であれ、関係ない。奴が里人を殺し、奪った『青龍』で正三は死んだ。それだけで一矢を討つ理由は充分過ぎる。


「第一、その怪我じゃ戦えねぇだろ」

「出血は止まった。それに、ここに医者はいない。凪先生が戻るのを待つくらいなら、俺も行く。止めても無駄だ!」


新蔵は乙矢の制止を振り切ると、正三に向かい一礼をして部屋を後にした。

宿坊から渡り廊下を通り、本堂の廊下を抜けて新蔵は寺の外に出る。そして、あらためて里の中央に立った。


残った数名の蚩尤軍……いや、幕府正規軍の兵士たちが同胞の遺体を回収していた。

何名かは美作、備前の代官所に連絡に向かったという。未だ半信半疑なのか、里人は彼らの様子を遠巻きにするだけだ。

無理もないだろう。蚩尤軍と名乗る連中に、家族を殺されたものがほとんどなのだ。


我が遊馬の宗主を殺めた、あの仮面の男が諸悪の根源に違いない。

奴は何者か……奴と一矢はどういう関係なのか。狩野や武藤がどこまで企みに加わっていたのか。そして、一矢は弓月をどうするつもりなのか。一番の問題はそこだった。

ふと目をやると、一箇所に集められ、綺麗に並べられた遺体の中に武藤のものがあった。新蔵が叩き落とした首も胴の横に添えてある。新蔵は怪訝な顔で兵士を呼び止め、尋ねた。


「私たちは、そのまま野犬にでも喰わしてやりたいくらいなんですが……。乙矢様が、あの男も一命を持って罪は償った。亡骸まで冒涜する必要はない――そう仰って」


新蔵は何も言葉にすることができなかった。


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