弟矢 ―四神剣伝説―
無論、弓月にも凪の思惑くらいは読める。いずれ時間稼ぎであろう、と。だが、ならば一矢に追従するよりさっさと決別して引き返せば良い、と思う。


(こんな所で、呑気に寝ている場合ではないのに……)


焦燥感が彼女の身体を駆け巡る。弓月は強引に目を瞑った。だが、思い浮かぶのは乙矢のことばかりだ。

乙矢は誠実で優しく、弓月の話を良く聞いてくれた。口は悪いが、決して本気で怒ることはなく、一途に兄を信じ続けていた。

その兄が勇者でないと知れば……。


美作の関所で、弓月も一矢が勇者ではないと薄々感づいていた。だが凪と違って、一矢に長刀は抜けないのだ、と思った。

あの長刀が『青龍』でないことはわかる。

なら、他のどれであっても、抜けば一矢は『神剣の鬼』となる。

だから――抜けない。


確かに、神剣を持つ一矢の本性が気にならないと言えば嘘だ。しかし、乙矢の無実を証明するほうが先決だろう。 

乙矢は傷つき、倒れてばかりいた。今は無事だろうか? 新蔵は、乙矢とぶつからずに連れ帰ってくれるだろうか? 何処にいても弓月に危機が迫れば助けに来る――乙矢はそう言った。今の弓月にとって、その言葉は最後のより所だった。

加えて、弓月には里に残してきた正三の身も気になった。

だがまさか、一矢の目的が最初から正三とおきみの命であることなど、知ろうはずもなく……。


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