弟矢 ―四神剣伝説―
「姫、それは違います。決して、姫の責任では」

「乙矢殿は誰も殺したくない、と言われたのに。私が守って欲しい、と言ったのです。剣を手に、戦うことを押し付けてしまった。もし、もし乙矢殿が神剣を抜いたのなら、それは私の責任なのです。死ぬのは正三でも乙矢殿でもない! 私が死ぬべきなのに。私は……姫と呼ばれ、皆から守られるだけで、なんの力もないおなごです。一年前、兄上ではなく私が死ねば良かった! 凪先生と取替えられるなら、私の両目を潰してしまいたい」


弓月はそう訴えると、横に押し退けられた布団に突っ伏し、泣き始める。

それは弓月が口にした初めての泣き言だった。乙矢の訃報は弓月の自尊心を打ち砕いてしまったのだ。

 
「弓月どの」


凪の問い掛けに、弓月は顔を上げる。その瞬間――パシンッ! 涙に濡れた頬を凪の手が打った。


「凪……先生」

「身命を賭しても『青龍』を守る。勇者の血を受け継ぐ誇り高き剣士、遊馬弓月どのは何処へ行ったのです?」

「私は剣士などではありません……ただの女です……」

「では、乙矢どのを想う心に問いましょう。自分にとってただ一人の勇者である乙矢どのは、鬼に心を囚われ、同胞を斬るようなお方か?」

「それは……私も信じたいのです。でも」

「『彼の心は計り知れぬほど器が広く、底知れぬ優しさを秘めている』正三はそう言いました。そんな正三を、乙矢どのが斬ると本気で思われますか?」

「信じたい……信じたいのです。皆、死んでなどいない。生きている、と」

「なら、何故信じないのです? あなたが信じ求める限り、乙矢どのは決して鬼にはなりません。この首を賭けてもいい。彼は、あなたが信じれば、我々の待ち望んだ勇者となる。そしてあなたを失えば――鬼となります」
 

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