弟矢 ―四神剣伝説―

三、四面楚歌

一矢は思いのほか簡単に弓月を手放した。そのことに凪は嫌な予感を覚える。

里に張られた結界から抜け出すこと。そして、里人からこれ以上の犠牲を出さないこと。そのためには、一矢をできる限り里から引き離したかった。

本来なら、乙矢が早々に目覚め、弓月を連れて里を発つことが理想だった。しかし、肝心の乙矢が逃げ出してしまっては、手の打ちようもなく……。


爾志家の双子は、方向は違えどもそれぞれに天賦の才と剣の素養があると思っていた。

だが、二人とも何かが足りない。

若さゆえ、歳を取り、経験を積めば満たされて行くに違いないと思ったが、二人が揃った時、凪は気付いてしまった。

最初は、何かの間違いだと、自らの勘が狂ったのだと思いたかった。そうでなければ、あの男を勇者と信じ、弓月の許婚であることを喜んでいた先代宗主が浮かばれまい。


いや……そうではない。

もはや誰も、伝説の勇者が必要になるなど考えてはいなかった。これまでも数多くの剣士が、勇者に違いない、と言われた。凪自身も発病し失明する前は、そんな呼ばれ方をされたこともあった。

今思えば、嫡男の結納であるなら使者を立てたに違いない。それが、わずかな供を従えただけで、本人を東国に寄越したということは……。

婚礼前に、当人同士を会わせてやろうという気遣いはあっても、いささか礼儀に適ってないように思える。そして、婚礼には凪も出席するようにと言われた。あれは、婚礼を東国で行うということだったのかもしれない。


先代の爾志家宗主は、戦うのが嫌だと言う乙矢にも、一矢と変わらぬ剣術を仕込んだ。それが意味することは……。


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