弟矢 ―四神剣伝説―
だが、新蔵にその言葉は許しがたいものだった。さすがに刀は引いたが、乙矢の胸倉を掴んで怒鳴りつける。


「貴様がそうしたんだろう! 実の兄を売る貴様だ。保身のために俺たちを売り渡すくらいなんでもなかろう!」


しかし、怒りの原因はそれだけではなかった。

戦場で油断は禁物。新蔵は渾身の力を初太刀に籠めたのだ。それを、乙矢のような愚鈍な男にかわされては、悔しさも倍増であろう。
 
乙矢は新蔵の腕を振りほどきながら、


「てめえは猪か? 俺があんたらに来てくれって頼んだわけじゃないぜ。勝手にやってきて、罠に嵌まったのはそっちじゃねえか! 確かに、俺は囮かも知れんが、魚が餌のミミズに怒るのか? 間抜けな魚に喰いつかれたおかげで、いよいよこっちもおしまいだ!」
 
「で、お前はその文句を言うために、わざわざここまで来たのか? ご苦労なことだ」


正三が溜息を吐きながら、嫌味をこめて言う。


「少々お待ちを。あなたが爾志乙矢どのでございますか? なるほど……確かに、兄上とはまるで違う気をお持ちだ」


弓月の前で一矢と比べられ、あまりに明白な評価に乙矢は気色ばむ。


「一矢でなくて悪かったなっ! そんなこと、一々言われなくてもわかってるさ」

「いや、そうではありません。失礼致しました。私は弓月どのの叔父で、遊馬凪と申します。この通りの盲目(めしい)ゆえ、お許しください」


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