弟矢 ―四神剣伝説―
凪は、普段閉じたままの瞼を開けて、鬼と対峙していた。

病を得て光を失った目は、白目が赤く濁ったままだ。それは黒目を浮き立たせ、魔物の眼と忌避された。そのため、人前ではなるべく閉じたままでいるようにしている。

無論、その朱色の瞳は何も映してはいない。

ただ、立会いとなれば、奇異な色の双眸に相手のほうが惑わされる。但し、相手が人間であればの話。鬼が相手では意味がないと思えたが……。

瞼より眼球のほうが感度が良い。受ける風がまるで違うのだ。普通の人間であったなら、気付くかどうかの違いだろう。

だが凪にとっては、その動きに天と地ほどの差が生じた。


見えぬ分、太刀筋に惑わされることがない。剣先が風を切る動きに呼応して、鬼の攻撃を読む。それは剣術ではなく、さながら演舞のようだ。

凪の浅葱色の着物が蝶の如く舞った。

そのまま、次第に速まる鬼の剣を紙一重でかわし続け、一撃必殺を狙う。


だが、神剣に宿る鬼は、宿主に血を吸えぬ不満を言い出したようだ。白濁とした刀身はやがて鈍色(にびいろ)へと姿を変え――血を求めて蚩尤軍兵士に襲い掛かる。

出し抜けに矛先を変えられては、凪には対応できない。

ましてや、相手は『白虎の鬼』。迂闊に近づけば、餌食になるのは必定だ。


「長瀬どのっ! 弓月どのと弥太を」


そこまで、周りの状況を見る余裕など凪にはなかった。身近に長瀬の気配はするが、弓月と弥太吉がいない。


「凪先生! 姫がおひとりで一矢の元に――。しかも奴は『朱雀』を抜いております!」

「それは拙い――弓月どのっ!」


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