弟矢 ―四神剣伝説―

五、真如の月

その危うい均衡を突き崩したのは、弥太吉だった。その手には刀が握られている。


「一矢さま……ずっと、信じていたのに。あなたを勇者だと……そう思ったから」


弥太吉は弓月の背後で、一矢の言葉を全部聞いてしまった。


「何を言う? 私は勇者ではないか。最強の剣士だ。神剣がそう言っておる。それは、お前もよく知る伝説であろう?」


――神剣には鬼が宿る。その鬼が、自身の柄に手を掛けた者の中から主を選び、『神剣の主』と称され、勇者となる――
 

弥太吉の中で、神剣を自在に扱う者は勇者と刷り込まれている。

だが、勇者と信じた男は真っ赤な偽者だった。快楽のために神剣を抜き、人を殺す。同胞はおろか親兄弟すら殺す男を、神剣は主に選んだ。

高円の里が襲われた時、乙矢が口にした『護国の神剣が守るもの』それは、民ではなかった。

神剣は、自らを守るために主を選んでいたのだ。 


「伝説も……勇者も……何もかも嘘だったんだ! 四天王家に仕えることを、誇りに思えって父者(ちちじゃ)は言ったのに。神剣は、ただの鬼の剣だったんだ! よくも……よくも、おいらを騙しやがって!」


少年は腹の底から声を上げた。わずか十歳、しかし、尊敬する父の誇りを汚された怒りは、神剣の鬼に一歩も引かぬ気概を見せる。


「弥太!」


凪の意識は弥太吉に向いた。弓月も、長瀬もである。


そのとき、一矢は顔を上げニヤリと笑った。


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