弟矢 ―四神剣伝説―
山沿いの狭い街道を、単騎で駆けてくる。方向から見て、蚩尤軍の一団から抜け出て来たことは明らかだ。

およそ、木立の向こうで刃を交える気配に気付き、先駆けを走らせたに違いない。


一矢と袂(たもと)を分かつのは時期尚早だったのかもしれない。乙矢らは無事だと凪も願っている。だが、一矢の周囲に蚩尤軍兵士が徘徊し始めた以上、何かがあったことは明白だ。

弓月は一矢を鬼と決めつけていたが、凪の考えは正三に近いものだった。

一矢を、『朱雀の主』ではないか、と考えていた。

だが、どちらにしても凪の敵う相手ではない。だからこそ、自らが宗主に立つことを宣言し、一矢に反発した。

あの時から、凪はできる限り思わせぶりな行動を取って来たつもりだ。裏がある、一筋縄ではいかない――そう思わせなければならなかった。

勝機がある以上、努力もせずに腹を見せる訳にはいかない。
 

勝機とは――乙矢と弓月の二人。

一矢に弓月を殺すつもりはなさそうだ。それが、勇者の血を引く許婚に対する執着か、或いは、乙矢に対する嫉妬か、はたまた……。
 

次代に繋がねばならない。


せめて『白虎の鬼』だけでも――それは凪の胸に浮かんだ覚悟だった。 
 


だが、覚悟を決めたのは凪だけではない。


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