弟矢 ―四神剣伝説―
しかし、遊馬一門の結束は、一矢の神経をこれ以上ないほど逆撫でした。


「うるさい! 乙矢……乙矢、乙矢乙矢どいつもこいつも……奴は私の影に過ぎん! 私は一人で生まれてくるはずだったのだ。全ての力は私の中に宿るはずだった。それが……あの厄介者め! この私が完全になるためには、奴を殺すしかないのだ! 奴が死ねば、全ての力は私の内に戻るに違いない!」


唖然と立ち尽くす弓月らに向かい、虚構の勇者は声を限りに叫び続けた。


「そして乙矢は死んだ。ついに……とうとう……邪魔者を葬ったのだ! 奴に神剣を抜かせ、鬼として葬り去った! 私を妨げるものは何もない!」


一矢の、勇者の仮面は完璧に剥がれ落ちた。

そこには、残酷で無慈悲極まりない、鬼の素顔が現れる。


「ふざけるなっ! 万に一つ、乙矢殿が死んでも……貴様は裏切り者の人殺しに過ぎぬ! 『青龍』も『白虎』も、貴様を選ぶことは絶対にない! 貴様はただの『朱雀の鬼』だ!」


叫んだ弓月の視界に、忽然と狩野が入った。


「弥太ーっ! 逃げろっ!」


自らの声より早く、弓月は弥太吉に向かって走った。


死屍同然の狩野では、さすがの凪も気配では捉えきれない。自身に向かう、剣の旋風でしか察することができず。

狩野は長瀬に突き飛ばされ、一番近くにいた弥太吉に、的を変えた。


「殺せ! 餓鬼もおなごも、遊馬の血など、根絶やしにしてしまえ!」


間に合わない――弓月はただ、弥太吉に飛びつき、抱き締めた。


< 395 / 484 >

この作品をシェア

pagetop