弟矢 ―四神剣伝説―
「あれが『青龍』……でも、まさか」


凪の体を支えつつ、弥太吉は言うともなしに口にしていた。 


「……弥太、しっかり、見ておきなさい。あれが、勇者の揮う神剣……本来の輝きです」

「あいつが勇者? 乙矢が……そんな、戦うのが嫌だって、人を斬りたくないって、逃げ回ってたような奴が」


弥太吉は驚きのあまり、瞬きも忘れて食い入るように乙矢の姿を見つめた。

凪は、そんな弥太吉の気配に苦笑いを浮かべつつ……ホッとしたのか、右膝の力が抜けて体が傾ぐ。

その凪の体を、すくい上げるように支えたのは長瀬だった。長瀬は凪を気遣いつつも、視線は乙矢に釘付けだ。


「あやつが本当に『青龍』を抜くとは」

「もう……大丈夫です。……臥龍は目覚めました。後は、奴の力を信じましょう……」



弓月は間近で“それ”を見ていた。

これまで抜剣された『青龍』は、暗く沈んだ水底を思わせる青しか見せてくれなかった。その『青龍』が乙矢の手に納まり、清澄(せいちょう)たる青を取り戻している。


乙矢は、狩野の残された腕を一閃した。その剣技は、地面を掠るように天空に突き抜け、傍らの森に並び立つ、木々の一本一本まで振動させたのである。 


その姿を得意気に見る男がひとり――新蔵だ。

ほんの二日前、乙矢を殺すべく崖っ縁まで追い詰めた男と、同一人物とは思えぬ態度といえよう。

そして新蔵は、『朱雀の鬼』に向き直った。


「爾志一矢――貴様が里人を殺し、『青龍』一対を奪ったのか? そして、あやかしの術を使い、俺に乙矢を殺させようとしたのか? 答えろっ!」


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