弟矢 ―四神剣伝説―
それは、これまで乙矢の見たことのない兄の顔。いや、そうではない――見ぬようにしてきた、が正解だ。最早、乙矢も認めざるを得ない。


「一矢……もうわかってるだろう? 俺たちが乗ってきた馬も、あの弓矢も、蚩尤軍のものだ。いや、関所に駐留する蚩尤軍は全員投降したぞ。彼らはもう、幕府の正規軍で、蚩尤軍兵士じゃねぇ。なあ、もうやめにしよう。俺は――」

「それは『青龍一の剣』だな。なるほど、織田正三郎を殺して手に入れた神剣か」


一瞬で乙矢の表情が曇る。


「違う! 乙矢が殺したんじゃない! 織田さんは……クッ」


何か言いかけた新蔵の口を、一矢が閉じさせた。ほんのわずか力を加えただけで、新蔵の右肘は悲鳴を上げる。


「弓月殿……正三が『青龍一の剣』を取り戻してくれたんだ」


背中を向けたまま、乙矢はそれだけを口にした。

それが何を意味するか……弓月は咄嗟に理解し、歯を食いしばる。


「物は言い様だな。よかろう……では、『青龍一の剣』と引き換えに、この愚か者を返してやろう」

「ならん! 乙矢、死んでも渡すな!」

「……だから、死ぬのは俺じゃなくお前なんだぞ。少しは黙ってろっ!」


今度は乙矢が新蔵を黙らせた。

一矢は、嬉々として新蔵の喉元に刃を突きつけている。手にしているのは神剣ではないが、その表情は……骨の髄まで鬼と同化しているように見て取れた。


(いつから……こんな笑い方をするようになったんだろう)


そう思うと、泣きそうになる乙矢だった。


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