弟矢 ―四神剣伝説―

二、父の真意

「乙矢殿……」


乙矢の背中が微小に揺れるのを、弓月は勘違いしたようだ。乙矢を労るように優しく声を掛ける。

しかしこの時、弓月自身も迷っていた。新蔵を助けたいのは山々だ。だが、恐らくは正三の命と引き換えに取り戻した『青龍一の剣』。それを鬼の手に委ねるのは……。

躊躇する弓月に乙矢は軽く振り返り、莞爾(かんじ)として笑いかけた。


「俺はもう、大丈夫だから……俺を信じてくれ」


それだけを言うと、乙矢はたじろぐことなく一矢に歩み寄った。

そして、腰から『青龍一の剣』を鞘ごと引き抜く。

乙矢は鞘尻(さやじり)を手に持ち、一矢の眼前に柄頭(つかがしら)を差し出した。


「そんなに欲しけりゃ受け取れよ」


予想外の行動に、一同唖然とする。


一矢は、新蔵の動きを抑えていた左手を離し、『一の剣』の柄に手を掛けようとした。

その瞬間、


「お前が腰に差す長刀、そいつは『朱雀』だろう? 勇者は、それぞれの鬼に選ばれさえすれば、何本でも持てるというが――鬼はどうなんだ? お前が『朱雀の主』かどうか、ハッキリさせようぜ」


恫喝するでもなく、脅迫めいたものでもない。静かに、諭すような乙矢の声に、一矢は慄然(りつぜん)とした。


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