弟矢 ―四神剣伝説―
――風が燃える。
吉備の山間は異様な熱気を孕み、一手(ひとて)の矢は互いの胸を射抜くべく、向かい合った。
「こうして向き合うのは八年ぶり、か。覚えているか、乙矢。それまで一度も勝ったことのなかったお前が、私から一本取った時の、父上の喜びようを」
「ああ……でも、あの後一本も取れなくて、父上の稽古は一層厳しくなった」
一矢は薄く失笑を浮かべた。『青龍一の剣』を右手に持ち、切っ先を乙矢に向けながら言う。
「お前は変わらんな。私が泣いて許しを請えば、すぐさま剣を引きそうだな」
「引くよ。俺はやりたくない。一矢、剣を納めろ! 頼むから、納めてくれっ!」
「それだ! お前のその態度にむしずが走る! 乙矢、お前だけは私が殺す! この手で……八つ裂きにして魚の餌にしてくれようぞ!」
見る間に一矢の表情が変わった。
狂気に満ちた獣のような咆哮を上げ、容赦なく襲い掛かる。見るからに、鬼の形相で『青龍一の剣』を振るい乙矢を攻め立てた。
「殺す、殺す、貴様だけは絶対に殺す! 貴様など生まれて来なければ良かったのだ! 厄介者、疫病神め! 貴様がいなければ、父上は私だけを見てくれた! 母上も姉上も私を愛してくれた! 愚図で出来損ないの貴様さえいなければっ!」
受ける乙矢の刀は、一矢の脇差だ。
相手は神剣。しかも、こうまで間合いが違っては、乙矢は防戦一方となる。加えて、乙矢には一矢の怒りの意味がわからない。
出来損ないの弟を望んだのは一矢のほうではないか。乙矢にしたら、父や一門の期待を裏切っても、一矢の望み通りの弟でいたいだけだった。
吉備の山間は異様な熱気を孕み、一手(ひとて)の矢は互いの胸を射抜くべく、向かい合った。
「こうして向き合うのは八年ぶり、か。覚えているか、乙矢。それまで一度も勝ったことのなかったお前が、私から一本取った時の、父上の喜びようを」
「ああ……でも、あの後一本も取れなくて、父上の稽古は一層厳しくなった」
一矢は薄く失笑を浮かべた。『青龍一の剣』を右手に持ち、切っ先を乙矢に向けながら言う。
「お前は変わらんな。私が泣いて許しを請えば、すぐさま剣を引きそうだな」
「引くよ。俺はやりたくない。一矢、剣を納めろ! 頼むから、納めてくれっ!」
「それだ! お前のその態度にむしずが走る! 乙矢、お前だけは私が殺す! この手で……八つ裂きにして魚の餌にしてくれようぞ!」
見る間に一矢の表情が変わった。
狂気に満ちた獣のような咆哮を上げ、容赦なく襲い掛かる。見るからに、鬼の形相で『青龍一の剣』を振るい乙矢を攻め立てた。
「殺す、殺す、貴様だけは絶対に殺す! 貴様など生まれて来なければ良かったのだ! 厄介者、疫病神め! 貴様がいなければ、父上は私だけを見てくれた! 母上も姉上も私を愛してくれた! 愚図で出来損ないの貴様さえいなければっ!」
受ける乙矢の刀は、一矢の脇差だ。
相手は神剣。しかも、こうまで間合いが違っては、乙矢は防戦一方となる。加えて、乙矢には一矢の怒りの意味がわからない。
出来損ないの弟を望んだのは一矢のほうではないか。乙矢にしたら、父や一門の期待を裏切っても、一矢の望み通りの弟でいたいだけだった。