弟矢 ―四神剣伝説―
「一矢……一矢! 待てよ、なんでそうなるんだ。父上が信頼して、すべてを委ねたのはお前だろ!? 言い掛かりも……」
一矢は、凄まじい怨念の言葉を吐きながら乙矢を攻め立てる。
兄の本心がわからない乙矢は、ただ剣を受け流すことしかできない。一矢の言葉は、まるで乙矢に劣等感を抱いていたかのようだ。だが、そんな訳がない。父や爾志一門のみならず、四天王家すべてから、こぞって神剣の持ち主と賞賛されていたのは、間違いなく一矢なのだ。
しかし、一矢の答えは、乙矢が胸の内に抱えてきたすべての想いを、根底から覆すものだった。
「ああ、そう思っていた。だから、死に物狂いでやってきたのだ。一門の誰にも劣らぬように。『白虎』に選ばれるのはこの私だ、と。なのに父上は、私が結婚した後は東国の遊馬家に預ける――結納に旅立つ前夜、母上にそう話しているのを聞いた。この結婚は、お前と私を引き離すのに丁度良い。四天王家筆頭として一門の頂点に立つのは乙矢――お前だ、と。護国の神剣に相応しいのは乙矢だと、父上はそう言った!」
『青龍』が一矢の持つ憎しみを吸い上げ、黒に見紛う青にその姿を変える。積年の恨みが、今まさに『青龍の鬼』へと一矢を連れ去りつつあった。
だが、乙矢は動けない。
初めて耳にする父の真意に、乙矢は干上がった小川の水車のように、ピタリとその動きを止めた。
そんな乙矢に、一矢は尚も言い募る。
「私は貴様のために、東国に厄介払いされたのだ! わかるか、この私の気持ちが! 爾志の名と神剣を背負うためだけに生きてきた。力こそ、強さこそすべてだと信じて……私たちは一人で生まれてくる運命だった。お前さえ、私の後にお前さえ生まれて来なければ……貴様を殺す。殺して、私は完璧になる! 勇者は……『白虎』が選ぶのはこの私だ!」
物心つく前から兄を慕い、信頼と尊敬を一心に捧げてきた。
乙矢にとって自慢の兄だった。
だが、あの日――あの、八年前の初夏の夜、すべてが変わった。
一矢は、凄まじい怨念の言葉を吐きながら乙矢を攻め立てる。
兄の本心がわからない乙矢は、ただ剣を受け流すことしかできない。一矢の言葉は、まるで乙矢に劣等感を抱いていたかのようだ。だが、そんな訳がない。父や爾志一門のみならず、四天王家すべてから、こぞって神剣の持ち主と賞賛されていたのは、間違いなく一矢なのだ。
しかし、一矢の答えは、乙矢が胸の内に抱えてきたすべての想いを、根底から覆すものだった。
「ああ、そう思っていた。だから、死に物狂いでやってきたのだ。一門の誰にも劣らぬように。『白虎』に選ばれるのはこの私だ、と。なのに父上は、私が結婚した後は東国の遊馬家に預ける――結納に旅立つ前夜、母上にそう話しているのを聞いた。この結婚は、お前と私を引き離すのに丁度良い。四天王家筆頭として一門の頂点に立つのは乙矢――お前だ、と。護国の神剣に相応しいのは乙矢だと、父上はそう言った!」
『青龍』が一矢の持つ憎しみを吸い上げ、黒に見紛う青にその姿を変える。積年の恨みが、今まさに『青龍の鬼』へと一矢を連れ去りつつあった。
だが、乙矢は動けない。
初めて耳にする父の真意に、乙矢は干上がった小川の水車のように、ピタリとその動きを止めた。
そんな乙矢に、一矢は尚も言い募る。
「私は貴様のために、東国に厄介払いされたのだ! わかるか、この私の気持ちが! 爾志の名と神剣を背負うためだけに生きてきた。力こそ、強さこそすべてだと信じて……私たちは一人で生まれてくる運命だった。お前さえ、私の後にお前さえ生まれて来なければ……貴様を殺す。殺して、私は完璧になる! 勇者は……『白虎』が選ぶのはこの私だ!」
物心つく前から兄を慕い、信頼と尊敬を一心に捧げてきた。
乙矢にとって自慢の兄だった。
だが、あの日――あの、八年前の初夏の夜、すべてが変わった。