弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢は、弓月を抱き締めたまま、再び草の上を転がる。

必死で、一矢から弓月を庇った。だが予想に反して、深追いはして来ない。しかも、一矢は『青龍』を投げ捨て、弓月の離した『朱雀』を拾い上げた。


「片輪の『青龍』では話にならぬ。この“裏切りの剣”で、四天王家を抹殺してやろう」


『朱雀』を手に、一矢は満足気な笑みを浮かべた。

乙矢はこの時、一矢の中に『朱雀の鬼』を見てしまう。


乙矢に思い悩む時間はなかった。何をせねばならないか、答えは決まっている。

素早く視線を巡らせ、そこまでの距離を目測した。そして、胸の中に抱いた弓月を後方に押しやる。


「弓月殿、下がっててくれ」

 
弓月は二人の間を繋ぐ確かな愛情を感じた。

そして――


「乙矢殿……ご武運を」


それだけを口にする。

弓月は、潤んだ瞳に恋慕の情をなみなみと湛え、乙矢に向かって微笑んだ。


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