弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢が自分に向かってくる。
誰より、その姿に驚いていたのは一矢だった。
こんなはずではなかった、と、一矢の中の一矢が叫ぶ。乙矢は、愚図で、鈍間で、役立たずで……父上の判断は間違いなのだ。一矢こそが爾志の宗主に相応しい。それを証明したいだけだった。
『朱雀』がそう言ったのだ。『朱雀』は乙矢から『白虎』を取り上げ、一矢に授けた。その結果、一矢は……。
その先は、煙幕が掛かったように意識が真っ赤に染まり、一矢は思い出すことができない。
だが、蚩尤軍を作り上げたのは一矢だ。四天王家に謀反の疑いありとして、訴え出たのも……すべての計画を企てたのは一矢だ、と『朱雀』はそう言った。
今この時、『白虎の勇者』を目にした瞬間、『朱雀の鬼』は一矢の問い掛けに応えず、死んだように黙り込んでいる。
「おいっ! 『白虎』を倒すのが『朱雀』の使命ではなかったのか!? なぜ、目覚めぬ。勇者の命令だ。私に最強の力を与えるのだ! 『白虎』を倒す力を、乙矢を倒す力を――『朱雀』なぜ答えぬ!」
一矢の足元から馴染みのない恐怖が這い上がった。『白虎』を手にした勇者の姿に、全身が小刻みに震える。乙矢が自分を斬るはずはない。乙矢は……。
一矢は一歩も動けずに立ち竦んだ。
そして、手にした『朱雀』を構えるでもなく、前に突き出した瞬間――
キーーーン……
澄んだ音が山あいにこだました。
乙矢の『白虎』は『朱雀』を一矢の手から引き離した。『朱雀』は森の入り口付近まで弾け飛び、奇しくもブナの木に突き刺さる。
ブナは一定の範囲内に一本しか残らない。根から毒素を出し、他のブナを枯らすためだ。しかし、一つの実の中にある二つの種から生育した双子のブナには、その毒は効かない。それはまるで、一矢と乙矢のようだった。
誰より、その姿に驚いていたのは一矢だった。
こんなはずではなかった、と、一矢の中の一矢が叫ぶ。乙矢は、愚図で、鈍間で、役立たずで……父上の判断は間違いなのだ。一矢こそが爾志の宗主に相応しい。それを証明したいだけだった。
『朱雀』がそう言ったのだ。『朱雀』は乙矢から『白虎』を取り上げ、一矢に授けた。その結果、一矢は……。
その先は、煙幕が掛かったように意識が真っ赤に染まり、一矢は思い出すことができない。
だが、蚩尤軍を作り上げたのは一矢だ。四天王家に謀反の疑いありとして、訴え出たのも……すべての計画を企てたのは一矢だ、と『朱雀』はそう言った。
今この時、『白虎の勇者』を目にした瞬間、『朱雀の鬼』は一矢の問い掛けに応えず、死んだように黙り込んでいる。
「おいっ! 『白虎』を倒すのが『朱雀』の使命ではなかったのか!? なぜ、目覚めぬ。勇者の命令だ。私に最強の力を与えるのだ! 『白虎』を倒す力を、乙矢を倒す力を――『朱雀』なぜ答えぬ!」
一矢の足元から馴染みのない恐怖が這い上がった。『白虎』を手にした勇者の姿に、全身が小刻みに震える。乙矢が自分を斬るはずはない。乙矢は……。
一矢は一歩も動けずに立ち竦んだ。
そして、手にした『朱雀』を構えるでもなく、前に突き出した瞬間――
キーーーン……
澄んだ音が山あいにこだました。
乙矢の『白虎』は『朱雀』を一矢の手から引き離した。『朱雀』は森の入り口付近まで弾け飛び、奇しくもブナの木に突き刺さる。
ブナは一定の範囲内に一本しか残らない。根から毒素を出し、他のブナを枯らすためだ。しかし、一つの実の中にある二つの種から生育した双子のブナには、その毒は効かない。それはまるで、一矢と乙矢のようだった。