弟矢 ―四神剣伝説―
乙矢が一人で駆け上がって来た獣道を、今度は六人を率いて静かに下りて行く。小さな山とはいえ、月の灯りくらいでは、そうそう見つかることはない。

先導する乙矢のすぐ脇を進むのは、常に一団の先頭を歩くことになっている正三だった。
 

「お前は……本当に兄貴と正反対なんだな」


歩きながら、正三が小声で乙矢に話し掛ける。

乙矢より十歳ほど年上の、織田正三郎と名乗った男は、剣士・師範代というより、女にもてそうな伊達男といった感じであった。


「まあね。生まれる時に、一矢が全部持って行っちまったんだ。仕方ないだろ」


乙矢の拗ねたような返事に、正三は意味深な笑顔を浮かべた。


「知ってるかい、坊や。残り物に福があるって言うんだぜ」


何か含みがあるのか、曖昧な口調だ。


「どういう意味だ? 一矢が、弓月殿と一緒になるのが不満な訳か?」

「さあな……あの時は、一門を挙げて喜んだが。今は、状況が変わっちまったからな」


正三の砕けた口調に、乙矢もついつい釣られる。


「守るべき家も神剣もないもんなぁ。なあ、この手勢で、本気でどうにかなるって信じてるのか?」


正三はさっきより軽く笑うと、


「どうにかなる、ではなく、どうにかするんだ」

「精神論で岩は動かんぜ」


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