弟矢 ―四神剣伝説―
てんやわんやの騒ぎが、今は、上を下への大騒動となっていた。

無論、乙矢が新蔵に見送られ、後にした野営地のことである。


乙矢の出立と刻(とき)を同じくして、凪の容態が急変した。急ぎ津山城下の診療所に運ばれることとなり、弥太吉が付き添う。長瀬は凪の身を案じ、麓まで同行した。


そのわずかな隙に一矢が天幕から姿を消した。同時に白木の箱に納められたはずの神剣『青龍一の剣』も消えてしまう。

当然、一矢が持ち出したと思うのが筋であろう。だが医者は「動ける傷ではない、夕刻まで命は持たない」と言い張る。


「何がどうなっておるのだ! 見張りは何をしておった! 誰ぞ、わかるように説明致せ!」


まさに、腰の刀に手を掛ける勢いで、長瀬が見張りの兵士らを怒鳴りつける。

兵士らはその大音声(だいおんじょう)に、腰を抜かさんばかりだ。


「長瀬さん、俺は後を追います。奴も、その湯治場に向かったに決まっている」


新蔵はそう言うと、馬を引っ張ってきた。


「待て、お前だけではわかるまい。拙者も参ろう。勇者の血は持たぬが、これでも遊馬一門の師範。結末を見届けようではないか」

長瀬も近くの兵士を捉まえ、馬の用意をさせる。


「ですが、一矢があの体で神剣を持ち出したとなれば……いったい、奴は鬼なのか勇者なのか、何者なんです!?」

「わからぬ。だが、乙矢と双子であることが、奴の体に作用しておるのやもしれぬ」


新蔵は心の中で、どうかこれ以上乙矢の敵が増えぬように、と願うばかりだった。


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