弟矢 ―四神剣伝説―
「いたぞーっ!」

「遊馬の残党だ! 反逆者がここにいるぞーっ!」
 

一瞬で、蚩尤軍は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。

それもそのはず。彼らは、念のため、と残された常駐部隊なのだ。乙矢の探索と、彼の立ち寄り先を見張っていたに過ぎない。

それが目の前に、一度は取り逃がした反逆者の残党が舞い戻って来たのだから、訳がわからない。


末端の彼らにも、『遊馬の残党は人を鬼に変えるあやかしの剣を持っている』と知らされている。寝込みを襲うならともかく、正面切っての決戦は五倍の人数を擁していても避けたいところだろう。


まだ半分もある。

連中の腰が引けているうちに走って振り切れまいか、と弓月は考えた。だが、あっという間に、宿場の入り口が固められ、それも不可能となった。

うかうかしていては、山狩りの大軍が宿場町に下りてくるだろう。挟撃されては一溜りもない。弓月には最後の、且つ、最強の手段が残されていた。しかし……。

複雑な思いを抱きつつ、チラリと乙矢の顔を盗み見る。


「姫っ! 何を立ち止まっておられる! 眼前の敵を蹴散らすしかござらん。大軍が到着する前に姿を消さねば、二度と東国には戻れませぬぞ」


長瀬の叱咤に、弓月は芽生えかけた淡い気持ちを、強引に消し去る。


「正三、新蔵、先陣を切れっ! 長瀬、宿場の関を突破するぞ、参れ。凪先生、弥太とともに我らの後に続いて下さい」


弓月の号令に、正三と新蔵は即座に駆け出した。


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