弟矢 ―四神剣伝説―
一矢の手に握られているのは神剣『青龍一の剣』。

鬼と化した狩野同様、両眼はねずみ色に濁っている。『青龍』の刀身は光を失い澱んだ気を発していた。

ゆらゆらと、鬼に操られただけの亡骸……“それ”は一矢であったものに過ぎない。


「一矢……一矢……どうすりゃいいんだ」


乙矢は咄嗟に掴んだ『白虎』を左手で構えるが、術なく刀を弾き返すだけだ。


一矢を楽にしてやれ、と心の何処かから聞こえる。

策もなく、ただ斬りかかる一矢の剣を避け……乙矢は背中に、谷底から噴き上げる硫黄を含んだ風を感じた。

弓月を巻き込むわけにはいかない。乙矢はゆっくりと、左に歩を進める。


「弓月殿――森に飛び込んでくれ。そして、そのまま振り向かず湯治場まで」

「嫌です! 乙矢殿……あなたの思うままになさって下さい。私はどちらにでもお供いたします」


それは一矢と乙矢の真情を知る弓月の心からの言葉だった。


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