弟矢 ―四神剣伝説―
「なあ……弓月殿は言ったよな。俺の思うままにしていい。どちらにでもお供いたしますって」

「そ、それは……」


不意に、崖の上で叫んだ言葉を復唱され、弓月は頬を赤らめる。


「だったら、新蔵や長瀬さん、それに……正三も一緒に、東国まで帰っちゃくれないか?」

「それは……私とは二度と会えなくとも構わぬ、と?」


弓月は拗ねて甘えた声を出し、乙矢ににじり寄った。頬を膨らませ、上目遣いで見上げる。それは乙矢にとって初めて見る弓月の顔。思わず、乙矢も立場を忘れそうになる。

慌てて咳払いをすると、乙矢は弓月を宥めるように左手を彼女の肩に置いた。


「そうじゃないって。でも……宗次朗さんや一矢のことを思い出すんだ。俺は――勇者の役目を果たせたんだろうか、って」

「一矢殿が仰ってました。乙矢は弱い……だから強くなれたんだ、と」

「いつ?」

「乙矢殿が来られる少し前……『青龍一の剣』を抜かれてすぐのことです」



一矢は最後に「だから『白虎』は乙矢を選んだ」そう言った。


自分のせいで人が死んだと言っては泣き、誤って敵を殺したと言っては泣く。乙矢は泣きながら、それでも、震える手で神剣を抜いた。


乙矢が乗り越えたものの大きさは、一矢や宗次朗の比ではないはずだ。


< 479 / 484 >

この作品をシェア

pagetop