弟矢 ―四神剣伝説―
三、死に至る毒
天守閣の最上階にその男は立っていた。
見晴らしの良いその場所からは、城下も一望できる。江戸から約百六十里西にある、地方の城下町にしては、それなりに賑わっているほうであろう。
城下の庶民は一年前となんら変わることはない。藩主の交代があったわけでなし、城主も表向き代わってなどいない。
ただ、城主の間に、大きな顔をして居座る間借り人がいるだけのことだ。政治の機微に敏い城主は、妙な仮面を付けた男にさっさと天守閣を明け渡し、自身は家族と共に西の丸に移って行った。
「賢明な男が藩主で、領民も幸せだな」
仮面を付けた男は口ではそう言ったものの、内心は――神剣の鬼を試す機会が減ってしまった。
それは、部下の耳にもあからさまな程、残念な口ぶりであった。
「もう一度、聞かせてくれないか? 武藤、お前が居て遊馬の六人を逃がし、挙げ句の果てに、乙矢も見失った、と。そう聞こえたが」
城主の間の敷居で隔てた一段下に、武藤小五郎は平伏していた。部屋の隅にはふたりの小姓が控え、もうひとり、板間に正座する狩野天上の姿もあった。
見晴らしの良いその場所からは、城下も一望できる。江戸から約百六十里西にある、地方の城下町にしては、それなりに賑わっているほうであろう。
城下の庶民は一年前となんら変わることはない。藩主の交代があったわけでなし、城主も表向き代わってなどいない。
ただ、城主の間に、大きな顔をして居座る間借り人がいるだけのことだ。政治の機微に敏い城主は、妙な仮面を付けた男にさっさと天守閣を明け渡し、自身は家族と共に西の丸に移って行った。
「賢明な男が藩主で、領民も幸せだな」
仮面を付けた男は口ではそう言ったものの、内心は――神剣の鬼を試す機会が減ってしまった。
それは、部下の耳にもあからさまな程、残念な口ぶりであった。
「もう一度、聞かせてくれないか? 武藤、お前が居て遊馬の六人を逃がし、挙げ句の果てに、乙矢も見失った、と。そう聞こえたが」
城主の間の敷居で隔てた一段下に、武藤小五郎は平伏していた。部屋の隅にはふたりの小姓が控え、もうひとり、板間に正座する狩野天上の姿もあった。