弟矢 ―四神剣伝説―
「乙矢、あんたが何処の何もんで、何をやらかして追われてるのか知らないけど……地回りのやくざ連中に、足蹴にされる男には見えないんだけどねぇ」


乙矢は軽く首を振った。


「俺は何もしてねえよ。だから、生かされてる。別に、奴らから逃げてるわけじゃねえ。俺が生きてる限り、どっかで無事だとわかるんだ。みんな死んじまったら、俺も殺されるはずだからな。俺の罪は、何もしなかったことだよ」


お六はポカンと口を開けたままだ。


「なんだか禅問答みたいで、よくわからないねぇ」


背を向けた乙矢に耳に、お六がブツブツ言っているのが聞こえた。



些細な怪我にふらついている場合じゃない。もし、あの連中なら、見つかれば厄介なことになる。


川面を吹き抜ける風は生暖かく、過分な湿気を含んでいた。妙な気配は感じるが、それは一年前のあの日からずっとだ。だが、今夜の視線は少し違う気もする。


「……血生臭いのは勘弁してくれよ」


纏めるような荷物はないが、逃げるにも多少の路銀はいる。

乙矢は、ねぐらにしている屋形船に立ち寄り、大急ぎで痕跡を消し、風呂敷包みを一つ掴んで外に出た。

瞬間――乙矢の目の前に、刀の切っ先が突きつけられた!


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