弟矢 ―四神剣伝説―

四、兄の許婚

裏街道を更に西に下り、北上する辺りの分岐点、その山中の寺に乙矢たちは身を隠していた。


山寺には後継者もおらず、長く放置されていたのだろう。天井には大穴が開き、雨が降ればとても宿にはならぬような建物だ。

逗留して三日、幸い雨は降っていない。だがこれ以上、ひと所に滞在するのは危険極まりない。


宿場近くの山中で、乙矢がおゆきに刺されてからすでに七日。ここまでは、意識のない乙矢を新蔵と正三が背負って連れて来た。だがこの先、二里から三里のうちに関所がある。そこを抜け、どこかの里に一旦身を潜めてから計画を練り直さねばならない。

そのためには、爾志家の嫡男である乙矢の協力が必要不可欠だった。



「意識が戻って良かった……ご無事で何よりでした」


ニッコリ笑って弓月は乙矢の枕元に座る。


「ずっと……看病してくれたって聞いた」

「高熱で、持たぬやも知れぬと凪先生に言われました。私のせいで、あなたを死なせることだけはしたくなかったのです」

「あんたの……いや、弓月殿のせいじゃない。俺の責任だよ。おゆきは利用されただけなんだ。あいつを恨まないでやってくれ」


おゆきを庇う乙矢から弓月は辛そうに視線を外す。少し時間を空けて、気を取り直したように口を開いた。


「私だけではございません。弥太吉を庇ってくれたことも、お礼申し上げます」

「凪先生にも言ったけどさ、勘違いだよ。俺にそんな力はないさ。ただ、避けられなかっただけだ。第一、あの時助けてくれたのは弓月殿だ」
 
「あなたは、西国の山を知り抜いているのではありませんか? あなた一人なら、奴らに見つからず逃げる道はあったように思います。それを、我々を救うために戻ってくれた」


弓月は小首を傾げると静かに微笑んだ。


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