弟矢 ―四神剣伝説―
「わかんないよな。弓月殿は男に生まれたかったって言うくらい、強いんだもんな」


考え込んだままひと言も発しない弓月を見て、乙矢は微かに笑顔を見せる。

だがそれは、弓月が心の奥深くに眠らせた琴線に触れてしまう言葉であった。


「それは……誰に聞いたのです?」


――震える声で、弓月は尋ねる。


「満殿が爾志家に参られた折、俺に話してくれたんだ。もう……四、五年前かな」

「兄上が」

「ああ。弓月殿の話が多かったよ。許婚は俺じゃないって言うのに、一矢は人見知りで話し難かったせいだろうな。妹は間もなく十三になるのに、男の格好をして剣術の稽古ばかりしてる。自分より強い男の嫁にしかならぬと言って、父上を困らせて……」



弓月の青ざめた頬に一筋の涙が伝う。


ずっと堪えていた。だが、兄の笑顔を思い出した瞬間、幸せだった、二度とは戻らぬ日々が彼女の胸を揺さぶる。

『青龍一の剣』を掴み、鬼と化した父の手に掛かり、命を落とした兄夫婦。兄嫁のお腹には、後ひと月でこの世に生まれ出る命も宿っていた。兄は父を止めるため、弓月に『青龍二の剣』を押し付け三人の師範代と共に逃がしてくれたのだ。

彼らの壮絶な最期を知らされた時、弓月は気丈にも涙一つこぼさず耐えた。

この一年間、死と隣り合わせの毎日に不平も言わず、落ち込む姿など決して見せなかった。なのに、限界まで張り詰めた糸が切れてしまったかのようで、次々に涙が溢れて止まらない。


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