弟矢 ―四神剣伝説―
「すまんな。だが、これ以上この場に留まるのは危険なんだ。乙矢、動けるな」


正三から出発を告げられる。

それは問いではなく、決定だった。ここまで見捨てずに、背負ってきて貰っただけでもありがたいと言うものだ。弓月は当然のように言うが、乙矢にはとてもそうは思えなかった。


「乙矢殿、先ほどは失礼しました。兄のことなど、思い出すこともなかったので、醜態を晒してしまいました。どうか、お忘れください」

「いや……俺も、余計なこと言っちまって」


身を起こし、どうにか仕度を整えたが、乙矢は最後の一つを迷っていた。

弓月がふと視線を向けると、そこに一本の刀が所在なげに置いてある。それは、長瀬の渡した刀であった。


「お持ちになるのも嫌ですか? 身を守るものがあれば、安心ではございませんか」


武家の、それも神剣を守護する家に生まれた者にとっては自明の理だ。

脇差はおろか小柄(こづか)一本持たずに外に出るのは、丸裸で立つほど心許ない。弓月自身、刀は欠かせぬものとなっている。

そんな彼女の心を察し、乙矢は苦笑した。


「丸腰で出歩くなんて、正気の沙汰じゃない、ってとこだよな」

「いえ、それは」

「わかってるんだ。でも、持ってたら、抜ける位置に刀があれば、殺される前に殺すんだろうな。こないだみたいに、さ」


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