弟矢 ―四神剣伝説―
「そいつは結構なことだな。頼むから、一人で何処へでも逃げてくれ」
新蔵は、弓月の乙矢贔屓が面白くなかった。
将来、義弟になる身とはいえ、今は赤の他人。許婚の一矢に万一のことがあれば、一生赤の他人だろう。
「ああ、そうするさ。お前なんざ放ってさっさと逃げるから安心しろ」
「弓月様を盾になどしようものなら、貴様を刀の錆びにしてやるから覚えておけっ!」
「お前さ、その喧嘩っ早い性格を直せって、そこのオッサンに言われてなかったか?」
「貴様にお前呼ばわりされる覚えはないわ! それに……長瀬さんに向かってオッサンだとぉ!」
さすがに、長瀬が怒鳴りつけようとした時、その先手を取り、
「いい加減に致せ! 新蔵、いちいち絡むでない! 乙矢殿も、わざと怒らせるような言い方は謹んで下さい」
「……申し訳ございません」
弓月に怒られるのは、新蔵には何より堪える。
乙矢は黙って新蔵の隣に並ぶと、彼だけに聞こえる声で言った。
「俺が言いたいのは……弓月殿に俺を守らせるな。足でまといになる前に逃げるし、万一、こないだみたいな深手を負ったら、そん時は置いてけよ。頼むから、俺のために誰も死なないでくれ。――俺は、一矢じゃない」
瓜二つだと思っていた。
だが、鋭い刃のような眼光を持つ一矢に比べ、乙矢の瞳は、なんと心細げで頼りないことか。優しさなど、戦いに無用だ。だが、乙矢といると、内側から滲み出る穏やかな気配に、思わず戦闘を忘れそうになる。
優しさは弱さでないと、この時の新蔵に認めることはできなかった。
新蔵は、弓月の乙矢贔屓が面白くなかった。
将来、義弟になる身とはいえ、今は赤の他人。許婚の一矢に万一のことがあれば、一生赤の他人だろう。
「ああ、そうするさ。お前なんざ放ってさっさと逃げるから安心しろ」
「弓月様を盾になどしようものなら、貴様を刀の錆びにしてやるから覚えておけっ!」
「お前さ、その喧嘩っ早い性格を直せって、そこのオッサンに言われてなかったか?」
「貴様にお前呼ばわりされる覚えはないわ! それに……長瀬さんに向かってオッサンだとぉ!」
さすがに、長瀬が怒鳴りつけようとした時、その先手を取り、
「いい加減に致せ! 新蔵、いちいち絡むでない! 乙矢殿も、わざと怒らせるような言い方は謹んで下さい」
「……申し訳ございません」
弓月に怒られるのは、新蔵には何より堪える。
乙矢は黙って新蔵の隣に並ぶと、彼だけに聞こえる声で言った。
「俺が言いたいのは……弓月殿に俺を守らせるな。足でまといになる前に逃げるし、万一、こないだみたいな深手を負ったら、そん時は置いてけよ。頼むから、俺のために誰も死なないでくれ。――俺は、一矢じゃない」
瓜二つだと思っていた。
だが、鋭い刃のような眼光を持つ一矢に比べ、乙矢の瞳は、なんと心細げで頼りないことか。優しさなど、戦いに無用だ。だが、乙矢といると、内側から滲み出る穏やかな気配に、思わず戦闘を忘れそうになる。
優しさは弱さでないと、この時の新蔵に認めることはできなかった。