弟矢 ―四神剣伝説―
「凪先生は、どう思われますか?」


蚩尤軍の様子を見計らい、乙矢の言った通りの獣道を抜けることになっている。関所破りをするのだ、一行にもそれなりの緊張感が漂っていた。

新蔵が斥候に出向いた合間に、長瀬は凪の隣に座り、問い掛けた。


「何がでしょう?」

「無論、乙矢殿のことでござる。一矢殿ではないと思うが、あまりにも似すぎている。あの剣捌きは、とても修練だけで辿り着ける領域とは思えぬのだ。それに……」


凪は立ち上がり、長瀬に背を向けながら答えた。


「一年前に見た一矢どの以上であった、と?」

「それは……ただ、敵の持つ刀の半寸程度の脇差で……しかもあの一瞬で、五人をも倒せる男など、拙者は一人しか知らぬ」

「それは一矢どのではない、と言われますか?」

「とぼけるのはお止めくだされ。拙者の知る最強の剣士は……あなただ、凪先生!」


季節は巡り、間もなく夏が来る。当たり前の日常が消え去ってから二度目の夏。二人の間を初夏の夜風が流れ、木々の葉を揺すった。長瀬の言葉に凪は答えない。静寂を破ったのは、長瀬のほうであった。


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