弟矢 ―四神剣伝説―
「どうしてそれほどまでに、一矢殿でないことを罪のように言われるのです?」


急に言われ、乙矢は驚いて弓月を見つめた。

話がある、と言われ、二人は皆とは少し離れた場所に来ている。話し声が届かないというだけの距離ではあるが。


「凪先生に聞きました。自分に力はまるでない。一矢殿ではないんだから、と。何故、そんなふうに思うのです? あなたは爾志家の血を引く立派な剣士です。第一、その手で私を救ってくれたではありませんか」


弓月に言われ、乙矢は昔を思い出しながら答えた。


「十くらいの頃だと思う。俺も父上に認めて欲しくて、一矢に負けたくなくて必死で頑張ってた。そんな時……」
 


乙矢は一度だけ一矢に勝ったことがあった。

だが、その時の一矢の怒りようは今でも忘れられない。優しかった一矢が、二人きりになって豹変したのだ。

当時の乙矢には、一矢の心の葛藤はわからなかった。だが後になって、勝つこと、強さを示すことが一矢の生きる証だと気付く。彼は、守るべき存在であった弟に、自分の価値を否定されたのだ。幼い苦悩は、一門の禁忌を犯すほど高まり……。

ついには『白虎』の元へと二人を向かわせた。

だが、乙矢にとって敗北はさしたることではない。生きることは勝つことではなく、家族の笑顔や幸福が、彼の願いだった。

大好きな兄に邪険にされ、それが自分の勝利に起因すると悟った乙矢は、その日から闘うことをやめてしまう。乙矢が怯えて逃げれば逃げるほど、弱さを見せ付けるほどに、兄は喜んで弟を庇ってくれた。


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