吐息が愛を教えてくれました
「千早?私ね……千早の命を救えただけで、満足……そりゃ、片耳が聞こえなくなって、私が目指していたピアニストの道は諦めたけど。
それでも今もちゃんとピアノは弾いているし音楽教室の先生としてたくさんの生徒に教えてる。
しっかりと地に足を付けて生きてるんだから、もう……大丈夫」
泣きそうになる気持ちにふたをして、千早に笑ってみる。
多分、可愛くもない作り笑顔にしか見えないだろうけど、それでも私にはこんなことしかしてあげられない。
千早を過去の呪縛から解放して、そして幸せにしてあげるためには。
高校生だったあの日、クラスメイトたちと一緒に駅まで歩いていた帰り道。
それほど狭くもない歩道をのんびりと歩きながら、翌週に迫っていた修学旅行の話で盛り上がっていた。
その日、台風の接近に伴い強風が吹いていた。
街路樹は激しく揺れ、大通りに面している店舗の看板も奇妙な音をたてて震えていた。
下校時、周囲に注意しながら帰るようにと先生から言われていたこともあり、気をつけてはいたけれど、強風には敵わない。
突然、大きな看板が頭上から落ちてきて、甲高い悲鳴があがった。