吐息が愛を教えてくれました
下校途中、たまたま私が千早の隣を歩いていて、私が千早を突き飛ばして助けた。
それだけなのに、私の左耳が聞こえなくなったせいで、千早の人生を変えてしまった。
千早は大好きだった彼女への気持ちを捨てて、私の側に寄り添うことを選んだ。
まだ高校生だった彼には大きな決断だっただろうし、彼の両親にしても、自分の息子の未来を考えると苦しかったに違いない。
それでも、目の前には大けがをして、左耳の聴力を失った私がいたせいで、どうしようもなかったんだろう。
そして、そんな千早の想いを拒みきれなかった私は、千早の優しさに縋り、その温かさによって再生された。
たとえ左耳が聞こえなくても、たとえピアニストになれなくても、千早の側にいられるのならば、生きていけるような気がしていた。
退院してからもずっと、その言葉どおり私だけに情を注いでくれた千早が幸せなのかどうか、考えるまでもなくその答えは否、だけれど。
そんな現実を忘れたふりをして、過ごしていた。
だけど、とうとう私という呪縛から離れて、自分の気持ちに素直に動かなければいけないと、千早も気付いたんだろう。
金曜日のかわいい女の子がその相手かどうかはわからないけれど、千早が自分の素直な気持ちに忠実に動くのならば、私以外の、それこそ千早が心底愛せる女の子と幸せになれるはず。
たとえ、千早が「実里を一生大切にする」と言って、恋人としてこの先も寄り添ってくれたとしても、千早から幸せな未来を奪った私には、千早が他の女の子を選ぶ権利を奪うこともできない。
それどころか、私以外の女の子との幸せな未来を探すように言わなければ、と義務感すら感じる。