アイドルな王子様
 今、私はフェリーに揺られている。


 なんとはなしに稚内へやってきて、なんとはなしに利尻島行きのフェリーに乗ってしまった。


 幾ら期限のないお休みとは云え、無計画にも程があるかも知れない。


 周りを見回す。


 …観光客のおじさん、おばさん、家族連れ。以上。


 …失敗したかも。

 夏の北海道なんて観光シーズン真っ只中。

 観光客の渦に埋もれて、素敵な独身男性なんて見付けられないかも知れない。

 ただでさえ、北海道って人口少ないんだっけ?




「う゛っ」


 そんなことをうだうだ考えていたら…ううっ。

 私は口を抑えて込み上げるものをなんとか我慢する。


 …どうしよう、ヤバイかも。


 お手洗いに行こうとしたけれど、満員状態なのと気持ち悪いので席を立つのがやっと。


 脂汗がつたい、私はその場にうずくまってしまった。 



「ちょっと…大丈夫?」


 不意に肩を叩かれて覗き込まれる。


「気分悪いの? トイレいく? デッキへ出る?」


「…と」

「トイレね。連れていってやるよ」


 そう言ってその親切な男性は私を立ち上がらせ、引きずるようにしてトイレへ連れて行ってくれた。



 これまでの人生で、これほどトイレが恋しいと思ったことも、有り難いと感じたこともない。



 私は結局、雄大なオホーツク海も日本海も堪能することが出来ず、フェリーがぴたっと停止するまでトイレの住人となったのである。



 …知らなかった。私って三半器官弱かったんだ…。


 初めてのフェリー体験は散々なものだった。




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