アイドルな王子様
「私ね、すっごく好きなアーティストがいるんだけれど。会社辞めるって決めた日に、彼が結婚するってテレビで云っていて。なんか心の支えだったものがぽっきり折れちゃったっていうか...私ってばひとりぼっちなんだなあって痛感しちゃった」

 テーブルに視線を落とす。

 すっかり溶けてしまったアイスクリームの残りが目に止まった。

 食べ頃を過ぎたアイスクリームは、もはやただの甘いだけの生温かいどろどろの泡。

 食べようという気分もそそられない。

 ...私もこんな風になるのかな。

 そう思うと、なんだか溶けたアイスに親近感をもってしまったり。

 クリームの沼のバニラビーンズを、スプーンで潰しはじめる。


「彼の結婚、退職、間近に迫った自分の賞味期限。そんなマイナスばっかりの状態で、旅になんか出ちゃってもいいことある筈ないよねえ。きっと今が人生の低迷期なんだもん。何やってもいいことないんだわ」


 ぶちぶちぶち。

 執拗に追いかけても極めて小さなバニラビーンズは潰れない。


 運命の人も、捜しても、追いかけても、そう容易く見付かるものじゃないのかも知れない。


 そもそも、運命の赤い糸なんてあるわけないのよね。


 ああ莫迦だ、わたし。


 旅なんて。

 意味がなかったのかも。






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