花咲く原石
一度オーハルのコンパスを狂わせてしまって二人で慌てたこともあった。

そんな懐かしい思い出が頼んでもいないのに次々とシイラの中から出されるのだ。

もう歩くことに対する集中は完全に切れていた。


だってもう止まらない。


本当はもっと沢山話をしてほしかった。

この木は何て名前だろう。

この草は、この花は、この石は?

今、隣にダイドンがいてくれたら目の前にある木から足元の岩や土から全ての物にまつわる話をしてくれるだろう。

低く穏やかなあの声で、嬉しそうに両手を広げながら話してくれる。

小さな子にも分かるように言葉を崩して丁寧に、まるでおとぎ話を聞かせてくれるように。

彼はとても博識だったから。

「ダイドン…。」

切ない思いを抱いてシイラは胸ポケットに手を当てた。

このポケットの中にはダイドンの命が入っている。

吸い込まれそうな深い青い石は、そこだけ空気を変えるくらいの存在感を放つ。



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