ふたり。-Triangle Love の果てに
着替えをすませた私は21時開店に向けてカウンターを磨き上げ、バックバーの100本はあろうかと思われるボトルを1本1本磨いてゆく。
ここに来たばかりの頃は、お酒の名前を覚えるついでと思い始めたことだったけれど、今はこれをしないと気合いが入らない。
仕事のパートナーであるお酒に敬意を払うつもりで、それらを念入りに磨く。
「やあ、真琴ちゃん、おはよう」
倉庫でお酒の在庫チェックをしていたマスターが、ひょっこり顔を出した。
「おはようございます」
以前は夜なのに「おはよう」だなんて変な感じ、そう思っていたのに今はすっかり慣れてしまった。
夜の街の一日は今から始まるんだもの、あながち間違ってはない。
私の働く「Bar Yesterday」は本通りの一角にあるビルの地下1階にある。
地上にある重い鉄製の扉を開けたお客さまは、むき出しのコンクリートの螺旋階段を降りてくる。
店内には大きくわけて3つの独立したカウンターがある。
それぞれのカウンターには、マスター、マスターの奥さんの恵美さん、そして私の3人のバーテンダーが入り、お客さまのおもてなしをする。
私の担当するのは、店の一番奥の4席しかない小さなカウンター。
それでも私には充分すぎるくらい。
こんな半人前の私が出すお酒を飲みに来てくださる方がいるのだから。
初めはマスターや恵美さんのカウンターにばかりお客さまが座るのを見て、やっぱり新人は頼りないのかしら、なんてふてくされてグラスばかり磨いてたこともある。
けれど、いつしか面白半分で私のカウンターに来られた方が、次回も私を指名してくれるようになった。
そうなれば、私のやる気にも火が付く。
お客さまとの会話を絶やさぬよう、時間があれば何紙もの新聞に目を通し、週刊誌までもチェックした。
昼夜逆転の仕事。
生理はいつだって不順。
2ヶ月、3ヶ月ないこともある。
体力だってかなりいる。
バーテンダー養成学校で一緒だった女友達は、生理不順から来る倦怠感がずっと続き、半年でこの仕事を辞めた。
でも私はこの仕事を続ける。
どんなことがあっても。
必ず、お父さんみたいなバーテンダーになってみせる。