ふたり。-Triangle Love の果てに
俺たちはとある古い雑居ビルの屋上にいた。
ここの1DKの一室に千春ちゃんは住んでいるという。
意外だった。
事業に成功しているだけに、新築マンションの広い部屋で優雅に暮らしているものだとばかり思っていた。
それは俺の偏見にすぎないのだが。
「このレトロさがたまんないのよね」と彼女。
レトロ、か。
まぁそうとも言えるな。
じゃあ俺たちのボロアパートも「レトロ」って言えるな、なんて考えていると「ほら、ボーッとしてないで座った、座った」と丸椅子を指さす。
何もない、だだっ広い屋上の真ん中。
彼女は手際よくカットケープをふんわりと俺の首に巻き付けた。
そして霧吹きで俺の髪を湿らせてゆく。
目だけを天上に向けてみた。
青くてどこまでも続く空。
こんな都会でも少し高いところに上れば、こんなにも空が拓けてみえるんだな。
ここ最近は断片的な空しか見た記憶しかなかった分、妙に感動してしまった。
ハサミの音が耳元でリズムを刻む。
ここでは都会の喧噪なんて、どこか遠くに聞こえる。
「ね、ちょっと確認しておきたいんだけど…」
手を休めることのない彼女の声は、どこか真剣みを帯びていた。
「妹さんはあのこと…」
ぎくっとした俺は、背後に立つ彼女を振り返った。
「やだ!急に動かないで!」
驚いた彼女にもかまわず俺は言った。
「あいつは何も知らない!」
あまりの剣幕に千春ちゃんは肩を震わせた。
「あ…ごめん、きつい言い方して。真琴は何も知らないから、だからあいつには黙っててもらえないかな」
「ううん、私こそプライベートなこと訊いてごめん」
千春ちゃんが笑顔を見せてくれたことで、怒鳴ってしまったことがさらに申し訳なく感じる。
真琴はまたジョアンに行くだろう。
その時のことを考えて、話を合わせるために千春ちゃんは訊いておきたかっただけなのに。
なんでこんなにムキになってんだろう、俺。
「あとね…」
「うん?」
「片桐くんが急に動くから、ほら」
明らかに他の落ちた髪とは比べものにならないほどの長い髪を、彼女は握っていた。
「もう、くっつかないよね」
「当たり前でしょ。この際だから、すっごく短くしちゃう?」
「そうするしかないんだろ?」
「まあね」
俺たちは空に響くような大声で笑った。