ふたり。-Triangle Love の果てに
「はい、できあがり。いかがですか」
手鏡を差し出されて、俺は右を向き、左を向いてから言った。
「すっきりしたーありがとう。気に入ったよ。それにここまで短いの久しぶりだな」
「これから暑くなるし、ちょうどいいんじゃないかな」
カットケープを取ると、彼女は首筋についた細かい毛をブラシで丁寧に払ってくれた。
「さすがだね、千春ちゃんは。昔から手先が器用だった」
彼女を振り返った途端、黒い影が俺の顔を覆った。
あんなにいい天気だったのに、雲が太陽を遮ってしまったのかな、なんてのんきなことを考えていた。
正直に言えば、そんなわけないじゃないかとわかっていた。
なぜなら、影の原因がすぐ目の前の彼女の顔だったから。
じわじわと唇のあたたかさが広がり、自分の置かれている状況を理解し始める。
そんな時に、千春ちゃんが俺から離れてうつむいた。
「言ったよね、クラスのほとんどの女子が片桐くんのこと好きだったって」
「……」
「ほら、あたしも一応女の子だったし…この前会ってから、何て言うのかな、ラブアゲイン症候群ってやつ、なのかな」
手に持っていた淡いブルーのカットケープが風邪にはためき、パタパタと心地いいほどの音を立てる。
「ごめん…迷惑だったよね」
そう言って、眉を下げて泣き笑いをする。
「そんなことないよ」
「また優しいこと言っちゃって」
彼女は俺に背を向けた。
こういう時ってどうしたらいいんだろう。
俺は必死に考えた。
今、彼女はありったけの勇気を振り絞っているに違いない。
でなければ、こんな大胆なことはしない。
千春ちゃんはいい子だ。
目立たなかったけれど素直だし、気遣いもクラス一だった。
それは今も昔も変わらない。
だけど、彼女と恋に発展するかと問われれば、きっと俺は首を傾げてしまうだろう。
真琴が、妹が幸せになるのを見届けない限り、俺は誰とも恋はしない。
いやできない。
「次も髪、切ってくれないかな。気に入ったんだ、すごく。こういうの千春ちゃんにしかできないだろ」
「じゃあ髪が伸びるまで会えないってわけね」
「……」
「ごめん、また困らせた。いいわ、あたしが次も切ってあげる」
振り返った彼女の瞳が赤かった。
それを見た途端、触れ合った唇の感触が今になって蘇る。
自分でも不思議なほどに身体が熱いと感じた時には、もう次の言葉が出ていた。
「…連絡するよ。髪が伸びるよりも前に必ず連絡する」