ふたり。-Triangle Love の果てに
「おはよう」
マスターに少し遅れて恵美さんが顔を出した。
「真琴ちゃん、悪いけどウエノに行ってホールに飾るお花を取ってきてくれない?」
ウエノとは夜間営業する本通りの花屋さんのこと。
花を贈ったり贈られたりすることは、夜の街では当たり前のこと。
「わかりました」
私は螺旋階段を駆け上がると、店の出入り口から外へ出た。
ウエノは2ブロック先。
近くだからと思ってコートも着ずに出てきたけれど、やっぱり寒い。
腕組みをするように身体を縮めると、人波を縫うように私は通りを走った。
ここでも、おはようございます、と声をかけて店をのぞく。
「おうよ!真琴ちゃん。今夜も綺麗だね!花できてるよ!」
奥でブーケを作っていた中年の店主のおじさんが、顔をしわくちゃにして笑った。
「おい、ケン!そこの花、お渡しして」
おじさんがバケツに水を汲んでいた青年に声をかけた。
ケンと呼ばれた彼は、むっくり顔を上げると長靴をダポダポ鳴らしながら近付いてきた。
おじさんとは全く正反対の、無愛想な青年。
への字に曲がった口がますます機嫌悪そうに見える。
彼の白地のエプロンに書かれたピンク色の「ウエノ」という文字が不釣り合い。
花屋さんって、朗らかな人がいるイメージがあるから余計にそう思う。
「はい、これ。台帳にサインして」と最小限の言葉だけを発して、ケンちゃんは簡単に包んだ切り花の大きな束を2つ、手渡してくれた。
「ありがとう」
そう言ったのは私のほう。
抱きかかえるようにして花を持った私は、小走りでウエノを後にした。
おじさんの怒鳴り声が耳に届く。
「ばっかやろう!お客さまにはありがとうございます、だろうが!」
こうやって怒られても、表情ひとつ変えないんだろうな、彼は。
そんなことを想像して、なんだか笑ってしまった。
私はこんな夜の本通りが好き。
お兄ちゃんは「危険だ」なんて言うけれど、いろいろな人生の交錯する瞬間をこの目で確かめることができるんだもの。