ふたり。-Triangle Love の果てに
店に戻ると、マスターの好きなビートルズの曲が流れていた。
店の名前もビートルズの名曲「Yesterday」からとったらしい。
もう50代半ばのマスターは、お父さんの後輩だったそう。
某一流ホテルのチーフバーテンダーだったお父さんのもとで、いろいろと教えてもらったんだって。
そして数年前に奥さんの恵美さんとこのバーを開いた。
私がバーテンダーになりたいと言った時もいろいろと相談にのってくれて、今では父親のような存在。
ここで働かせてもらえるのも、マスターと恵美さんのおかげ。
「Yesterday」の一員になって1年。
私の夢はお父さんみたいな立派なバーテンダーになること。
お父さんの職場は一流ホテルというだけあって、海外からのお客さまも多く、わざわざ「片桐を」って指名する人もいたほどだってマスターが教えてくれた。
しかもお父さんは英語、中国語、フランス語が話せたらしい。
だけど私は当時まだ幼くて、お父さんのバーテンダーの仕事がよくわかっていなかったから。
でもこれだけは覚えている。
夜はいつも家にいなくて、お母さんとお兄ちゃんと私の3人だけで食事するのが寂しかったこと。
でも朝には帰ってきていて、幼稚園に出かける時には必ず玄関の外まで見送ってくれたこと。
私が家に帰ると、「おかえり」って抱っこしてくれたこと。
そしてすぐに「行ってくるよ」と仕事に出かけていったこと。
だから一緒に過ごした時間が少なかった私は、誰よりもお父さんに対する思いが強かった。
そんなお父さんと同じ道を選んだ私。
途切れてしまった思い出を、面影を求めているのはわかっている。
お父さん。
お父さん。
きっとあなたが生きていても、私はこの道を選んでいたと思います。
そしてお父さんのシェーカーを振る姿を見つめて、きっと誇りに思ったでしょうね。
私、頑張るから。
見ててね、お父さん。
手早く花を生け終わると、私は持ち場である4席だけのカウンターに入った。
客足はだいたいが23時くらい。
食事をして一杯飲んだけれど、ちょっと飲み足りない、そんな感じで訪れる人が多い。
おひとりさまだったり、カップルだったり、様々…
そんなお客さまを相手にしながら、夜は次第に更けてゆく。