ふたり。-Triangle Love の果てに


店に戻ると、マスターの好きなビートルズの曲が流れていた。


店の名前もビートルズの名曲「Yesterday」からとったらしい。


もう50代半ばのマスターは、お父さんの後輩だったそう。


某一流ホテルのチーフバーテンダーだったお父さんのもとで、いろいろと教えてもらったんだって。


そして数年前に奥さんの恵美さんとこのバーを開いた。


私がバーテンダーになりたいと言った時もいろいろと相談にのってくれて、今では父親のような存在。


ここで働かせてもらえるのも、マスターと恵美さんのおかげ。


「Yesterday」の一員になって1年。


私の夢はお父さんみたいな立派なバーテンダーになること。


お父さんの職場は一流ホテルというだけあって、海外からのお客さまも多く、わざわざ「片桐を」って指名する人もいたほどだってマスターが教えてくれた。


しかもお父さんは英語、中国語、フランス語が話せたらしい。


だけど私は当時まだ幼くて、お父さんのバーテンダーの仕事がよくわかっていなかったから。


でもこれだけは覚えている。


夜はいつも家にいなくて、お母さんとお兄ちゃんと私の3人だけで食事するのが寂しかったこと。


でも朝には帰ってきていて、幼稚園に出かける時には必ず玄関の外まで見送ってくれたこと。


私が家に帰ると、「おかえり」って抱っこしてくれたこと。


そしてすぐに「行ってくるよ」と仕事に出かけていったこと。


だから一緒に過ごした時間が少なかった私は、誰よりもお父さんに対する思いが強かった。


そんなお父さんと同じ道を選んだ私。


途切れてしまった思い出を、面影を求めているのはわかっている。


お父さん。


お父さん。


きっとあなたが生きていても、私はこの道を選んでいたと思います。


そしてお父さんのシェーカーを振る姿を見つめて、きっと誇りに思ったでしょうね。


私、頑張るから。


見ててね、お父さん。



手早く花を生け終わると、私は持ち場である4席だけのカウンターに入った。


客足はだいたいが23時くらい。


食事をして一杯飲んだけれど、ちょっと飲み足りない、そんな感じで訪れる人が多い。


おひとりさまだったり、カップルだったり、様々…


そんなお客さまを相手にしながら、夜は次第に更けてゆく。


< 14 / 411 >

この作品をシェア

pagetop