ふたり。-Triangle Love の果てに
足下に砕けたガラスの破片が飛んできていた。
お客さまは蜘蛛の子を散らしたように店を出て行く。
須賀一家を名乗った男達は私たちが刃向かえないとわかったからか、勝手にウィスキーを飲んだりチーズやフルーツをつまみだした。
「どうせあいつらを呼んだんだろ?圭条会の連中をよ。早く来いよーのろまな圭条会」
そんなやつらに、マスターは固く目を閉ざしたまま何も答えない。
私は、カウンターの下で小さくなっているしかなかった。
『俺たちはさ、もう前を向いて歩くしかないんだよ。振り返れば振り返るほどにつらいんだから』
お兄ちゃんの言葉を何度も思い起こした。
わかってる、わかってるわ。
こういう世界で生きてゆくことを選んだのは私。
この街で店を持つ以上、こういった組織と無縁とは限らない。
わかってる、わかってるけど…
『傷付かずに強くはなれない』
泰兄のあの言葉。
エプロンのポケットに入れていた新しいバーテンダーナイフを握りしめた。
泰兄…私を強くして…
ビートルズのヘイ・ジュードが気味が悪いほど静かに流れていた。
ほどなくして扉が開き、何人かの足音が響いた。
「またおまえらか」
須賀の一人が言った。
「トップ連れて来いよ、トップを!したっぱに用はねぇんだよ!」
もう一つの声がわざとらしく重なる。
「おっと、お宅の組長さん、今刑務所でお務め中だったな。これは失礼」
「黙れ」
「組長代行がいるだろ、そいつ呼べよ」
挑発的な須賀の言葉に、緊張が走る。
声だけのやりとりしかわからないカウンター下の私でさえも、緊迫した雰囲気が伝わってくる。
「こんなつまらないことで代行に足を運んでいただくわけにはいかない」と圭条会側。
「ああ、あのお若い代行さんね。噂じゃあ若くしてここまでのしあがったって言うじゃねぇか。人を殺してまでな」
「なんでも死んだのは、いたいけなばあさんらしいぜ」
胸がズキンと痛んだ。
人を殺した…ですって?
吐き気がする。
「代行の手は煩わせたくない。ここは話し合いで収めてもらいたい」
「話し合い?おまえらとは無理だな。俺はこの前ここで恥をかかされたんだ。組長が不在ならせめて代行に詫びてもらわなきゃな」
この間大暴れして、取り押さえられた男が言う。
「そもそもこの界隈は圭条会のシマだ。おとなしく出て行けば今回のことは大目に見てやってもいい。つまらないいざこざはお互いの組織のためにならないだろ」
「うっせぇ!代行を呼べば話はつくんだよ!」