ふたり。-Triangle Love の果てに
「ん!おいしいじゃない!」
グラスに口をつけた彼女は、先ほどとは別人のように上機嫌で満足げだった。
そんな矢先の質問だった。
「あなた、年はいくつ?」
「夏で22になりました」
「へぇ、意外と若いのね。もっと上かと思っちゃった。名前は?」
いつもなら何のよどみもなく名乗って名刺を差し出すところなのに、この時に限っては何度も唇をなめた。
ルージュの少し苦い味が口の中に広がる。
もし目の前にいる人が泰兄なら、いいえ、きっと泰兄…。
名乗ったところで、私のことを覚えてくれてるのかしら。
幼い私を泣かせたあなたは、その時のことを覚えてくれてるのかしら。
期待と不安。
当時の…
施設にいた時の、彼に対する恐れと淡い恋心が交錯する。
そっと彼を盗み見た。
彼女と私の会話に興味などなさそうに、ウィスキーのグラスを傾けている。
「片桐、と申します」
彼女に名刺を差し出すと、「ふぅん、片桐真琴、ね」と一瞥し、バッグに無造作に放り込んだ。
代わりに煙草を取りだしてくわえる。
すかさず私はライターを出した。
赤く滲んだ炎が、細い煙草に移っていった。
それからしばらく、私は他のお客さまとの会話を楽しんだ。
だって彼らの間には恋人同士特有の濃密な時間が流れていて、むやみにそこに入っていくことなどできなかったから。
こういうことはよくあるけれど、今夜ほど「カップルの相手をするのがきつい」、と思ったことはない。
他にお客さまがいてよかった…
そう思っていたのも束の間、その私の救世主であったお客さまは、ほろ酔いで機嫌良く帰られてしまった。