ふたり。-Triangle Love の果てに
第5章―Days of the Love

~片桐真琴~


泰兄が無事に退院してからしばらく後、Yesterdayが1週間の休業を決めた。


理由は、マスターと奥さんの恵美さんが結婚25周年の記念にとイタリアに旅行することになったから。


「真琴ちゃんも相原さんといい感じになってるし、俺たちも見習うか」なんてマスター。


常連のお客さまにイタリアの見所を訊いたりして、すでにウキウキなふたり。


旅行雑誌を何冊も買いそろえて、付箋をいっぱい付けていた。


マスターは本場のピザを食べること、恵美さんはフィレンツェのドォモに上ることと、免税店での買い物をとても楽しみに旅立った。


「歳をとると時差ボケはきついだろうな」ってマスターが心配していたことを泰兄に話すと、「今だってある意味、時差ボケみたいな仕事だろ」とあっさり言ってのけたのがおかしかった。


いつも通りの、明け方のふたりきりの時間。


「それもそうね」


お腹を抱える私につられて、彼もクックと声を抑えて笑う。


夜明けの寒さは一段と厳しくなっていた。


お互いの白い息が絡み合う。


「じゃあ、おまえもしばらく休みか。だったら俺たちもどこかに行くか」


思ってもみない提案に、心臓が跳ね上がった。


「仕事は?」


「今夜でAGEHAのオーナーは辞める」


「今夜で?すごく急な話ね」


「今回の件は警察と取引できたが、AGEHAが圭条会関連の店だとバレた。万が一そこをついてくるようなことがあれば面倒だからな。見かけ上破門にしたやつを送り込む」


そうなの…


なんだか複雑な世界。


彼のことも彼のいる世界のことも、理解したいとは思っているけれどやっぱり私には怖い。


そんな事を考えてることを悟られまいと、明るく訊ねる。


「ね、どこに行く?」


「さあな」


「なにそれ、期待させるだけさせておいて、もう!」


頬を膨らませた私に、彼はまた笑う。


でも抱きしめてくれる腕の力は強くなってゆく。


「準備だけしておけ。明日の昼過ぎに迎えに行く」


囁くように言って、彼は指で私の額を弾いた。


そして「今から最後の仕事だ」とAGEHAに戻っていった。

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