ふたり。-Triangle Love の果てに
~相原泰輔~
勝平が運転する車の後部座席で、俺は眠るでもなくただ目を閉じていた。
この2年間あまり、いろんなことがあった。
組長代行としての重圧の日々。
眠れない夜もあった。
俺と似ていると言われた、新明亮二という死んだ男の影に悩まされた。
何もかも投げ出したい時もあったほどだ。
でもそんな中で、この命よりも大切に思える女と出逢った。
この世で、唯一心安らぐ存在。
甘えるのが少々下手な女だが、そこがまた初々しくて俺の心をとらえて離さない。
あいつを抱いて眠る度に、今日という日を乗り切れたことに感謝する。
俺たちはヤクザだ。
明日がどうなるかわからない分、「今日」という一日が余計に重たく感じる。
ふと見上げたどこまでも続く空の青さに、俺は法廷での直人さんの姿を思い出した。
この空のように懐が深くて、清々しい人。
毅然としてよどむことなく言い放たれたあの言葉に、「男」を感じたのは俺だけではないはずだ。
裁判官に名前と職業を訊ねられた時だ。
「圭条会橘組組長、橘直人です」
「組長と言いましたが、具体的に、あなたは何をしているのですか」
そんな嫌味のこもった質問に、直人さんはきっぱりと答えた。
「今は亡き兄、新明亮二の遺志を受け継ぎ圭条会総長に一生涯を捧げる、これが私の使命です」
おおっ、という簡単の声が傍聴席の関係者から漏れた。
俺には直人さんの背中が眩しかった。
堂々とした風格。
カタギからしてみたら、ヤクザには到底見えない穏やかで気品のある顔立ち。
まるで上場企業の幹部のように思われても不思議ではない。
そんな彼が、今裁かれている。
そして直人さんは脅迫罪で懲役2年の実刑をくらった。
ある人を助けるために出た行動が訴えられたのだ。
抵抗も弁解もせず、控訴すらせずに彼は与えられた罰を黙って受け入れた。
「泰輔、おまえに全てを任せる」
拘置所の面会室でそう告げると、彼はすぐさま席を立った。
おまえに断る余地はない、と言わんばかりに。
そうして組長代行、相原泰輔が誕生した。
当初は組を抜けるやつも出てくるだろうと覚悟はしていたし、引き留めるつもりもなかった。
それは、俺に組をまとめあげるだけの技量がないからだと思っていたから。
しかし、橘組長不在の橘組を抜けようとするやつは誰一人いなかった。
きっと彼の法廷での強い言葉に感銘を受けたからに違いない。
俺だって、直人さんがいない間何とかやってこられたのは、あの姿が目に焼き付いて離れなかったからだ。