ふたり。-Triangle Love の果てに
~相原泰輔~
直人さんが戻ってきてから半月が経ち、少し浮かれ気味だった組の若い衆も落ち着きを取り戻していた。
そんな時、彼から「さしで飲みに行くか」と声がかかった。
「ええ、ぜひ」
本当に久しぶりだった、ふたりで酒を飲むのは。
落ち着いたバーのカウンター。
直人さんが以前行きつけだった店だ。
照明を落とした薄暗い店内には、音量を絞ったボサノバが流れていた。
年配のバーテンダーがシェーカーを八の字に振る手元を見て、マコと重ね合わせていた。
「浩介が言ってたぞ。おまえが若い女にぞっこんだってな」
さかいオートの陽気なオーナーの顔が浮かんだ。
「結構な言われようですね」
「あいつにしゃべると、あっという間に広がるぞ」
「今、身をもって痛感しました」
静かに笑った直人さんはブランデーを一口飲んだ。
グラスを持つ左手の小指が短い。
浩介さんをカタギに戻すために落としたというその小指。
「あいつのことだ、亮二さんのこともぺらぺらしゃべったんだろうな」
問うというよりは確認するように彼は言った。
「ええ、大体のことは」
「そうか」
「直人さんは俺をパチンコ屋で助けてくださった時、ある人に似ているとおっしゃいましたよね」
「そうだったかな」ととぼける。
「ええ。それは、その亮二さんという人のことですか」
俺の質問にしばらく何も答えず、グラスを回す直人さん。
「それが重荷になってるのか」
少し疲れた彼の顔が向き直った。
次は俺が黙る番だった。
その新明亮二という人物の噂を聞くたびに、そして似ていると言われたことを思い出すたびに、正直気が重くなった。
俺にはそんな技量はない、と。
直人さんが俺に期待してくれるのも、信頼してくれるのも光栄に思う反面、新明亮二の影が重くのしかかってきたのは事実だ。
「すまなかったな、俺の軽率な発言でおまえを苦しめた」
「いえ、そんなことは…」
「だが、おまえは亮二さんじゃない。誰もあの人にはなれないし、なってはいけない」
「…なってはいけない?」
「そうだ。あの人みたいに大切なものを何もかもあきらめて、悲しみをすべてひとりで抱えるような人生は、さらに悲しみを生むだけだ」
その話に思い当たることがあった。
新明亮二という男は、幼なじみの女性への想いをずっと秘め続けたまま、この圭条会のトップにのぼりつめようとした。
だが、恋もトップの座も得ることないままに、この世を去らなければならなかった…
望んだものは全て手に入れられなかった哀しい人。