ふたり。-Triangle Love の果てに
「泰輔は泰輔だ。自分の思うように生きろ」
たったその一言の、その低く優しい声に、俺の中のずっとのしかかっていた重圧がすうっと溶けて消えていくような気がした。
「彼女を大切にしてやれよ。あの子はいい子だ」
ここ数日シトラスで顔を合わせているので、直人さんもマコのことを知っている。
「おまえなりの幸せの形があるだろ」
幸せ…くすぐったい言葉だ。
「直人さんは…」
俺は座り直すと、遠回しに「これからどうなさるおつもりですか」と訊いた。
話の流れからゆり子さんのことだとわかったようで苦笑したが、あえて「なにが?」と問い返してきた。
「ご結婚は?これからは奥さまがいらっしゃったほうが何かと…」
「考えられないな」
俺の言葉を打ち消すように答える直人さん。
「なぜです」
「鶴崎組長のルリ姐さんを見てみろよ。彼女があんなふうになれると思うか」
彼女、とはゆり子さんのことに他ならない。
「いやぁ、ルリ姐さんを引き合いに出されると…」
首を傾げて思わず笑ってしまう俺たち。
「だろ?」
ルリ姐さんにしごかれた日々を思い出して、あのゆり子さんには無理だな、と思った。
「それに、だ」
「それに?」
直人さんの横顔からは、先ほどの笑みはすっかり消えていた。
「俺は生まれてこのかた、人を愛したことも愛されたこともない」
「だからこそ、ゆり子さんとご一緒になられては。彼女は直人さんのこと…」
「だから、だ」
彼の言わんとすることが飲み込めず、俺は視線を手元のグラスに戻した。
「だからこそ愛してるなんて認めてしまった日には、何もかも投げ出して彼女のところへ逃げてしまいたくなる。今の立場も全て捨ててな」
でも彼女を愛してるんでしょう?そう言おうとしてやめた。
直人さんは必死に想いを抑えているのだ。
彼女をこの世界に引き込まないように。
危険な目に遭わせないように。
ならば俺はどうなんだろう。
マコをこの世界に引き込んでしまった俺は…
「がっかりしたか、俺がこんな臆病者で」
「いいえ」
直人さん、あなたは誰も新明亮二になってはいけない、と先ほどおっしゃった。
けれど、今のあなたはその人になろうとしているじゃありませんか。
手に入れようと思えば手に入る愛なのに、それを自ら手放そうとしている。
自分のためじゃない、愛する人のために。
彼女を守るために。
なのに俺は…
マコを想い、そばにいてほしいと願うのは間違っているのだろうか。
今後、あいつを危険にさらさないとは限らない。
俺はグラスの中の琥珀色の液体を、一気に流し込んだ。