ふたり。-Triangle Love の果てに
~片桐真琴~
その日は、珍しくYesterdayのマスターがおつまみに出すチーズの追加注文をうっかり忘れていた。
当然、お客さまにお出しするチーズが足りなくなって、私が買いに出ることになった。
ちょうどその時は、私の担当するカウンターにお客さまはいなかったし、マスターも恵美さんも忙しそうだったから。
近くの24時間営業のスーパーでは、本場仕込みのチーズを売っていないことはわかっていたけれど、午前1時では他に開いている店もない。
今夜来られたお客さまには、申し訳ないけれどこれで我慢してもらおう。
小さなビニール袋を提げてYesterdayに急いでいると、視界の端に見覚えのあるシルエットが映った。
反射的にそちらを見る。
次の瞬間、私の周りから一切の音が消えた。
いつもは、あちらこちらからひっきりなしに聞こえてくるクラクションも、酔ったサラリーマンの遠慮のない高らかな笑い声も、行き交う多くの雑踏も…
何も聞こえなくなった。
目の前の出来事に、私のこの身体は凍り付いたように動けなくなった。
ああ、きっとあれは人違い、と何度も思おうとした。
でなければ、夢。
悪い夢なのだと…
必死でそう自分に言い聞かせたのに…
あれはまぎれもなく「彼」で、夢でもなんでもない「現実」。
私の中で、何かが崩れ落ちてゆく気がした。
ひとつ、ふたつとそのカケラが地に落ちてゆく。
…どういうこと?
…あの女性は誰?
…どうしてあの人は、あなたにキスをしたの…?
去りゆくタクシーを見送るその背中に、私は何度も問いかけた。
Yesterdayの仕事を終えてマンションに帰っても、泰兄はまだ戻ってはいなかった。
まさかあの後彼女と?
嫌な想像だけが、ムクムクと湧き上がってくる。
打ち消しても打ち消しても、まるで押し寄せる荒波のように、私の襲いかかってくる。
いや…!
そんなの絶対にあり得ない!
泰兄が他の人と…だなんて!
早く帰ってきて。
どういうことなのか説明して…。
泰兄…
私を裏切らないで…