ふたり。-Triangle Love の果てに
「こっちにしてみりゃあ、生きにくい世の中になったもんだよなあ。俺にはさ、大事な友達がいる。一生にひとり、出逢えるかどうかわかんねぇくらいのな。そいつがたまたまヤクザだっただけで…」
直人さんのことだ。
「まぁ、俺も元ヤクザなんだけどさ。偉そうなこと言えねぇな」
そう言って声を出して笑うが、どことなく渇いている。
「これからどうするんですか」
「とりあえず、この工場は閉鎖だな。その後は、嫁さんの実家で農業でもすっかなー。その前に農業大学行かないとな。くっそーまた勉強かよ」
大きく伸びをしながら、彼は言った。
やるせない。
俺にはどうすることもできない。
「本当に申し訳ありません」
作業着のポケットに手を突っ込んだまま、彼は俺に一歩、また一歩と近付いてきた。
「謝んな。困るんだよ、そうされるとさ。何度も言わせんなって。おまえらのせいじゃない。直人も昨日の夜、ずっとそうやって頭下げててさ、参ったよ」
直人さんが?
ここに来たのか…
「しかもあいつ、俺とはもう縁を切るって言いやがった。俺しか友達いねぇくせによ」
事務所にいた直人さんの顔が浮かんだ。
きっと彼も心を痛めているに違いない。
自分と関わったばかりに、親友を苦況に立たせることになってしまったと。
他の誰よりも浩介さんを信頼し、唯一無二の友人だと認めていた直人さん。
「ぶん殴ってやったぜ。俺たちはこんなことで壊れる仲じゃねぇだろって」
ただ黙って聞くしかない俺。
「そしたらさ、あのバカ。やめろって言ってんのに、また頭を下げるんだ。絶対に顔を上げねぇ。頑固だろーあいつ…昔っからちっとも変わんねぇ」
鼻をすする音。
浩介さんが泣いている。
悔しさを必死に堪えながら。
夢と希望と友情を失って…
「俺はさ、どこでもやり直しがきくからさ。気にすんな」
肩に置かれた油のしみこんだ、彼の手が重たかった。
「元気でな」
「…浩介さんも」
「女を置いて、ムショに入んなよなー」
「……」
俺が圭条会に入った時から弟のように面倒をみてくれ、相談にものってくれ、かわいがってくれた。
落ち込んだ時には、さりげなく励ましてくれた。
そんな浩介さんが、今去ってゆく。
背中にいつも漂う陽気さが、今は見る影もなかった。
切ない後ろ姿。
俺は感謝と敬意を込めて、坂井浩介という男に一礼をした。