ふたり。-Triangle Love の果てに
~片桐勇作~
真琴に全てを打ち明けてから、どれくらい経っただろう。
季節が1つ、また1つと移り変わり、春になっていた。
俺の勤める中央新聞社内は異動の時期とあって、何かと慌ただしい。
でも俺は相変わらず、地方面の小さなコーナー担当。
児童館の作品展や、話題の米粉を使ったパン屋、省エネグッズの人気ベスト5、など…そんな取材に毎日が矢のように過ぎてゆく。
昨年秋に起きたとされる圭条会と須賀一家の銃を使った傷害事件は、結局確たる証拠が見つからず、記事にはできなかった。
いわゆる、ボツだ。
森はかなり意気消沈していたが、そんな様子もその時だけで、今ではそんなこともあったかなという具合だ。
だが、俺はあきらめていなかった。
なぜなら、その当事者があの泰輔兄さんに他ならないからだ。
必ずシッポをつかみ、白日の下にさらしてやる。
そうすれば、圭条会や須賀一家への行政の締め付けはますます厳しくなる。
それだけじゃない。
住民の暴力団排除の運動も高まり、あいつらは資金源をなくし弱体化していく。
なんとしても、追い詰めてみせる。
そんな俺の内なる思いを、誰も知らない。
俺はデスクの引き出しから黒いA4のファイルを取りだした。
お人好しで、めったに怒らない。
俺のことを大抵の人はそう言うけれど、彼らは俺をかいかぶっている。
妹も…いや真琴もその一人だ。
本当の俺は独占欲が強くて、嫉妬が渦巻いた厭らしい人間なんだ。
そのファイルを開こうとして、「行き詰まってるんですか」という声に手を止めた。
「はい、どうぞ。気分転換になるといいんですが」
デスクにコーヒーが置かれると同時に、俺は後ろを振り返った。
「え?…ああ」
そこには3期後輩の北村翠が立っていた。
「先輩、すごく難しそうな顔をしていますよ」
「そうかな?」とおどけて、俺は頬をつねってみせる。
切れ長の目を細めた彼女は「では失礼します」と一礼して戻っていった。
北村翠のデスクはいくつもの大小の段ボールで塞がれていた。
彼女も異動の内示が出たのだろう。
片付けに追われているはずなのに、わざわざコーヒーを持ってきてくれるなんて…
そこでようやく気付く。
しまった、お礼を言い損ねちゃったな、って。
頭をかきながら、俺は淹れてくれたばかりのコーヒーをすすると、ファイルを引き出しの奥へとしまい込んだ。