ふたり。-Triangle Love の果てに
今言ったことは嘘じゃない。
彼女が入社してから何度か一緒に仕事をしたことがあるけれど、広い視野を持っているし洞察力もたいしたものだった。
「俺はずっと冴えないローカル記者だけど、君よりはこの仕事に携わってる期間は長い。安心しなよ、君は優秀な記者だよ。それともやっぱりこんな俺に言われても、気休めにもならないかな」
「そんなことありません!私は先輩の読み手をぐっと引き込む文章の書き方、好きです!自分もあんなふうに書きたいって思ってるけどなかなか…それに次の異動先では今みたいな文章を書く機会もないでしょうし…」
「あ!茶柱立ってるよ!」
俺は彼女の湯飲みを指さして言った。
「嘘!やだ、どこ」
一瞬にして目が輝いて湯呑みをのぞき込む。
「ないじゃないですか、もう。先輩の嘘つき。しかも茶柱なんて今時古くないですか?」
「でも嬉しそうだったよ」
「…まぁ縁起物ですし」
「ほうら、またそんな暗い顔して。さっきみたいにいい顔ができるんだから、してなきゃ損だよ」
首を傾げながら、その湯呑みを両手で包み込む彼女。
だが、口元は明らかに微笑んでいた。
「そう思わない?」
「思います。うん、私がんばってみます」
みるみるうちに晴れやかになる表情に、俺も笑みを返した。
「そうそう、その意気」
「片桐先輩が淹れてくれたこのお茶、茶柱が立ったのよりも効果ありそうです」
そう言って、彼女は屈託なく笑った。
異動になっても、北村翠は何かと地域部に顔を出していた。
お互いバタバタしていて、会釈だけ交わす程度だったけれど。
「県警詰めの北村さん、最近よく見かけますよね」
入社1年目の新人が隣で言った。
「んー?まだ異動して間もないからな。里帰りみたいなもんじゃないのかなぁ」
レイアウトに手こずっていた俺は、視線を手元に置いたまま気のない返事をする。
「そうですかねぇ。だってほら!またこっち見た!あれは絶対に俺か片桐先輩を見てますよ!」
一瞬ペンを止めてはみたが、北村翠を見ずに俺は言った。
「へえーじゃあ、おまえのことを見てるんじゃないの」
「まっさかぁ!冗談ですよ。先輩に決まってますよ。その甘いマスク、俺が女ならイチコロ…」
「さっき頼んだ校正できてる?」
俺はペンを動かしながら訊いた。
「…まだ、です。すみません」
一瞬にしてしおれてしまった後輩。
「あと10分で仕上げて」
「了解しました」